辻清人ブログ

深谷隆司先生へのインタビュー

辻清人が深谷 隆司先生へインタビューをして参りました。そのときのインタビュー内容と写真を掲載致しました。

深谷 隆司 元衆議院議員

fukaya
通産大臣(2期)、自民党総務会長、自治大臣、国家公安委員長、郵政大臣等の要職を歴任し、現在はTOKYO自民党政経塾塾長、自民党東京都連最高顧問として活躍している。現在81歳。私は2012年この深谷先生の後継者として冬の衆議院選挙に出馬した。私にとって、政治の師であると同時に、父親のような存在である。

【プロローグ、 政治家の心構え】

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辻:今日はよろしくお願いいたします。

深:よろしく。

辻:政治家50年。政治家としての心構えをお聞かせください。

深:なによりも大事なことは国を愛し、人々に感謝することですよ。政治家は国を想い、立案し、人々に訴えていく。皆さんにお支えいただくことに感謝する。この繰り返しが政治家を作り上げていくんです。

辻:先生は満州からの引き上げ経験から愛国心が芽生えたと伺っています。

深:強烈な愛国心はそう簡単には生まれるものではない。実体験から生まれてくるものなんだ。だけどそんな実体験はみんな持ってるものではないから、若い人たちに今愛国心を説いているんだ。僕の場合は、父親が満州電業に勤めていた。昭和20年、私が10歳の時、玉音放送をラジオで聞いて泣いたことを覚えている。もう日本に帰れないと思ったね。それから一年後、日本に引き揚げることになった。貨物車を乗り継ぎ、歩き続け、命からがら引き揚げてきた。船で佐世保の港に着く。その時全員が「日本に帰れてよかった、日本という国があってよかった、日本人でよかった」と地面に顔を擦り付けて大人も子供一緒になって泣いたんだ。こんな素晴らしい日本という国があってよかった、なんて幸せだろうかと。子供ながらにこの素晴らしい国のために役立ちたいと思ったのが愛国心の原点だった。それが土台になって政治家になろうと思ったんだ。

【挨拶、演説のコツ】

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辻:深谷先生は演説の上手い政治家の筆頭格として、今でも国会でお名前が挙がりますが、演説のコツはありますか。

深:僕は、政治家になりたくて高校生の時から弁論部に入り、後に早稲田大学の雄弁会に入った。一方で、全国の大学弁論部を組織し、宣伝車を借りて、日本中で遊説したんだよ。当時は学生が遊説していると珍しがって大人が立ち止まって聞いてくれた。演説がうまいと聴衆が増え、下手だとみんな引いていくんだ。そういうことを繰り返していく中で、演説の難しさやポイント、語り方などを実体験で学んだんだよ。

辻:先生は学生時代から演説の経験を積んでこられたんですね。

深:様々な人が「私は口下手で人前で話せない」と言うのだけど、そういう人に限って話す前に準備をしていない。ぶっつけ本番で話したら誰だって下手ですよ。雄弁会のやり方は、演説は全部原稿に書くんだ。それで何度も読んで覚える。そして演壇の上にその原稿を置いて、原稿を見ずに演説しながらめくっていく。責任を持って考えて作ったものを今話しているという証に、原稿をめくっていくわけね。万全の準備だからこそ、いい演説ができるはずなんだ。

辻:印象深い演説はございますか。

深:僕の演説の中で、一番新聞に載り、マスコミに取り上げられたのは、僕が野党の立場だった時だね。教育問題で相手を追及した時、今の教育はただ暗記ばっかりじゃないかと主張したんだ。人間性とか人間の感性とかを教えてない。例えば今の子供たちに、「雪が解けたら何になる」と質問したら「H2Oになります。水になります。」と答える。合格だ。だけどある子供は、「雪が溶けたら春になります」と言ったんだ。試験では間違いだが、その「春になります」という感性を育てることこそ大切なのだ。「このような子供を育てないと、真の教育にならない」と主張したんだ。これが、テレビで放映されたらすごく反響があった。わざわざ人気漫画家までが私に会いに来てくれたんだよ。(笑)

深:いい話があったら全部それをメモにして、僕の「引き出し」に入れているんだ。日頃、多くの本を読むことも大事だと思うよ。

【健康の秘訣】

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辻:深谷先生は今年で81歳になられましたが、健康の秘訣は何でしょうか。

深:僕は政治家を引退したら悠々と暮らせると思っていた。先輩の粕谷茂先生が、「深谷君、引退すると寂しいものだよ。仕事がなくなる、大勢の人が来なくなる。」と言っていた。僕も引退したらそうなるんだろうなと思っていたが、現実は全く違って、多くの人に囲まれ、依頼される仕事も多く、毎日休みなしで過ごしてきた。
81歳というと、普通ならよぼよぼだよね。しかし僕はここ10年体力的にも、精神的にもまったく年を取っていないんだ。とにかく精一杯働くことだと思う。君の選挙の選対総本部長も2回やった。都知事選挙の選対委員長や服部区長、和泉都議の選対本部長も務めた。その度に自分の選挙以上に必死でやったものだ。
後輩育成の為、TOKYO自民党政経塾や温故知新塾で教え、時には関西大学や大阪経済大学へ日帰りで教えに行ったりしているんだ。内容も愛国心についてはもちろん、歴史教育や、戦後の日本の歩みなどを「語り部」として話していくんだ。明日の日本を彼らに期待しながらね。
中国に「育スルヲ愉シム」ということわざがあるけれども、まさにその心境だよね。趣味も多い。去年は150号の龍の絵を描いた。畳3畳分の大きさだよ。今年も頼まれて虎の絵を描いた。いずれも仙台の病院の玄関に飾られているよ。少しでも時間があれば、講演会や講義の資料を自分で調べながらパソコンに打つんだ。この前は自分の誕生日会でタップダンスを披露したよ。娘が20歳の成人式の時に始めてもう30年になるね。(笑)米寿のお祝いの時はさらに華麗にタップをするのが今の目標なんだ。みんなあきれ返って、「何でこんなに元気なの」って。(笑)

辻:先生の若さの秘訣は、ご引退をした今もなお、国を憂い、世の為、人の為に奔走されているからかもしれませんね。我々若い世代の日本人は、先生にこれからも末永くご指導いただきながら、日本の未来を切り開いていきたいと思います。今後とも、ご指導ご鞭撻、何卒よろしくお願いいたします。米寿のお祝いでのタップダンス、今から楽しみにしています!本日はありがとうございました。

深谷先生:ありがとうございました。これからも頑張ってください!

 

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